選挙が終わって・・・
こんにちは。凄く元気な39歳、水川あつしです。
日曜日は参院選挙でしたが、自民惨敗・民主大躍進という結果となりました。これだけ大差がついてしまうと、自民党としては抜本的なところから見直していくものがあるような気がします。私自身も、今以上に住民の生活に近いところから政治を考え、改めるべきは正しくすばやく改め、守るべきはしっかり守らなければならないと再認識しているところであります。
さて一方、先々週の日曜日には、お隣の日進市の市長選挙が行われ、なんと62票差(得票率差0.19%)という僅差で前回次点落選した候補が当選されました。
62票差というと、当選された側も勝ったと実感しにくいでしょうし、次点に泣いた候補も負けた気がしないことでしょう。新しい市長さんは、参院選とは逆に、この僅差を十分に踏まえた施策の実現、つまり、ご自身の掲げたマニュフェストの実現はもちろんですが、他の候補が唱えた公約なども、「有権者の声」として受け止めた対応が必要となることと思います。
さて、僅差と言えば、私の義父も、昨年の夏の選挙において僅差で敗れた経験があります。
他の関係者はともかく、少なくとも私の実感としては、たとえ僅差でもやはり「負けは負け」と、その現実を受け止めざるを得ませんでした。(もちろん選挙後しばらくは生涯最大のショックを引きずったことも確かです)
ところで、身内にこういった「敗戦者」がいたりすると、
「水川はお義父さんの「仇打ち」のために町議になった。いずれは町長になるだろう(狙っている)。」
といったことをおっしゃられる方がたくさんいらっしゃいます。
参院選挙も終わり、たまたま、お隣の日進で、僅差選挙もあったこともあり、この機会に私の「仇討ち」について少しコメントさせていただきたいと思います。(上述のお話をされるご支援者の方々へのご返事にもなるかと思いますので)
まず、私自身、昨年の選挙での義父の勝敗に拘わらず、町議に挑戦していたと思います。
町政については、義父が担おうと、現町長であろうと、たくさんの課題があることには変わりありませんし、現役世代のサラリーマンである(であった)私(たちの世代)がその声を町政に届けなければならない思いは、随分前から持っておりました。
また、「議員」と「首長」というのは、同じ政治家でもその性質は相当に違うものがあります(義父を身近に見て強く感じておりました。)。
議員経験を経て行政首長になる方も多いですが、その時代に応じて適材がその任にあたるのが住民にとって一番よい形になるのではないでしょうか(例えば行政職経験者がその経験を生かしてトップとして職にあたる等。あくまで一例です。)。
そして、何よりも、「「仇討ち」のために選挙に出る」というのは、有権者をあまりにもバカにしている行為だと思います。
先述のとおり、義父の敗戦は、本当に屈辱的なものでしたし、本当にたくさんの涙を流したことも確かです。しかし、それは私自身の「感情」であって、住民が主役となるべき「政治」とは切り離されるべきものであると思っておりますし、それに違和感も感じません。
政治家として生きていく時に決めた私の信念は、
「新しい流れ」でも「正しい流れ」でもなく、
「「確かな流れ」を育んでいく」
ということです。
時代の変化により、価値も多様化し、あるいは変化することもあるかと思います。「新しいもの」はやがて「新しくない」ものになり、「正しいもの」は、その時代によって決して「正しいもの」であり続ける保障はありません。
だから不変の「確かなもの」を守り・育み・伝え続けることこそがこの変化の激しい時代に政治家に必要なものなのではないでしょうか。
水川あつしは、そんな政治家を目指し、これからも精進してまいります。
PS:
当選した時に
「これからはお義父さんの遺志を継いでがんばっていきなさいよ。」
と、激励いただいた方へ・・・。
・・・義父、毎日とっても元気に畑仕事してますからね(「遺志」って・・・(笑))。
日曜日は参院選挙でしたが、自民惨敗・民主大躍進という結果となりました。これだけ大差がついてしまうと、自民党としては抜本的なところから見直していくものがあるような気がします。私自身も、今以上に住民の生活に近いところから政治を考え、改めるべきは正しくすばやく改め、守るべきはしっかり守らなければならないと再認識しているところであります。
さて一方、先々週の日曜日には、お隣の日進市の市長選挙が行われ、なんと62票差(得票率差0.19%)という僅差で前回次点落選した候補が当選されました。
62票差というと、当選された側も勝ったと実感しにくいでしょうし、次点に泣いた候補も負けた気がしないことでしょう。新しい市長さんは、参院選とは逆に、この僅差を十分に踏まえた施策の実現、つまり、ご自身の掲げたマニュフェストの実現はもちろんですが、他の候補が唱えた公約なども、「有権者の声」として受け止めた対応が必要となることと思います。
さて、僅差と言えば、私の義父も、昨年の夏の選挙において僅差で敗れた経験があります。
他の関係者はともかく、少なくとも私の実感としては、たとえ僅差でもやはり「負けは負け」と、その現実を受け止めざるを得ませんでした。(もちろん選挙後しばらくは生涯最大のショックを引きずったことも確かです)
ところで、身内にこういった「敗戦者」がいたりすると、
「水川はお義父さんの「仇打ち」のために町議になった。いずれは町長になるだろう(狙っている)。」
といったことをおっしゃられる方がたくさんいらっしゃいます。
参院選挙も終わり、たまたま、お隣の日進で、僅差選挙もあったこともあり、この機会に私の「仇討ち」について少しコメントさせていただきたいと思います。(上述のお話をされるご支援者の方々へのご返事にもなるかと思いますので)
まず、私自身、昨年の選挙での義父の勝敗に拘わらず、町議に挑戦していたと思います。
町政については、義父が担おうと、現町長であろうと、たくさんの課題があることには変わりありませんし、現役世代のサラリーマンである(であった)私(たちの世代)がその声を町政に届けなければならない思いは、随分前から持っておりました。
また、「議員」と「首長」というのは、同じ政治家でもその性質は相当に違うものがあります(義父を身近に見て強く感じておりました。)。
議員経験を経て行政首長になる方も多いですが、その時代に応じて適材がその任にあたるのが住民にとって一番よい形になるのではないでしょうか(例えば行政職経験者がその経験を生かしてトップとして職にあたる等。あくまで一例です。)。
そして、何よりも、「「仇討ち」のために選挙に出る」というのは、有権者をあまりにもバカにしている行為だと思います。
先述のとおり、義父の敗戦は、本当に屈辱的なものでしたし、本当にたくさんの涙を流したことも確かです。しかし、それは私自身の「感情」であって、住民が主役となるべき「政治」とは切り離されるべきものであると思っておりますし、それに違和感も感じません。
政治家として生きていく時に決めた私の信念は、
「新しい流れ」でも「正しい流れ」でもなく、
「「確かな流れ」を育んでいく」
ということです。
時代の変化により、価値も多様化し、あるいは変化することもあるかと思います。「新しいもの」はやがて「新しくない」ものになり、「正しいもの」は、その時代によって決して「正しいもの」であり続ける保障はありません。
だから不変の「確かなもの」を守り・育み・伝え続けることこそがこの変化の激しい時代に政治家に必要なものなのではないでしょうか。
水川あつしは、そんな政治家を目指し、これからも精進してまいります。
PS:
当選した時に
「これからはお義父さんの遺志を継いでがんばっていきなさいよ。」
と、激励いただいた方へ・・・。
・・・義父、毎日とっても元気に畑仕事してますからね(「遺志」って・・・(笑))。
「報酬」のこと
こんにちは。凄く元気な39歳、水川あつしです。
先週は、各委員会が開催され、金曜日には、我が総務委員会が開かれました。今週はいよいよ最終日です。あっという間の会期だったような気がします。
委員会では、本会議で付託された議案について審議するのですが、本会議のミニチュア版のような流れでした。より詳細の議案説明があり、それについての質疑、討論、採決といった流れです。特に問題となる議題もなく終了しました。
さて、委員会が終わってからの雑談の中で、報酬についての話題になりました。
今回の一般質問で、ある議員が報酬について(報酬審議会について)質問され、そのやり取りの中で明確になったのですが、議員などの特別職の報酬は「生活給」ではなく「役務のついての対償」の考え方なのだそうです。
高いか安いかは、みなさまのご判断にお任せいたしますが、東郷町の議員報酬は、月額281,000円です。ここから議員共済掛金44,800円と議員互助費2,000円、税金をひかれたものが私の「手取り」となります。ちなみに、この「手取り」から国民年金28,200円(妻の分含む)、健康保険料約30,000円がさらに「必要経費」としてなくなります。
5月18日に、議員としての「初任給」を頂戴しました。実際の議会活動としては、5月2日の臨時議会だけなので、丸々頂戴するのに多少の心苦しさを感じながらも、とはいえ「生活」していかなければならないので、ありがたく頂戴しました。逆にその分の仕事をきっちりしなければならないことを再認識しつつ、日々の生活をさせていただいております。
さて、最近、選挙になると「私の報酬を●●%カットします。」といった「公約」を掲げる政治家が目立ちます。
私は(私の思うところ)、政治家が選挙の際に「報酬を下げます」といった類の公約を掲げるのには、強い疑問を持っております。なぜなら、「誰でも言える」からです。
笑えない笑い話です。
ある行政首長候補者Aさんが「報酬20%カットをお約束します。」と言いました。それをを聞き、別の候補者Bさんが、「私は45%カットします」。それを受けて、新たな候補Cさんが「私は無報酬で働きます」。
こんな選挙戦、みなさんは正常だと思いますか?
報酬カットは選挙公約になじまないことがご理解いただけるかと思います。
例えば、
「本自治体の職員全体の給与(人件費等)を年度予算の※※%以内にする。」
というお約束は、政策提言です。
また、
「本自治体の特別職全体の報酬は全国水準より高いので、水準なみに見直したい」
という考え方もあるでしょう。
私は、議員の仕事に限らず、報酬は自身の働きに見合ったものをいただきたいと考えます。さらに突っ込んだお話をしますと、「生活給」に見合う報酬があれば、政治家としてもっと良い仕事をさせていただけると思います。
(決して「下さい」と言っているわけではありませんので誤解なさらぬようお願いいたします(笑)。)
無報酬は、職責の担保がなくなります。
適正報酬でなければ志を持つ人材がいなくなります(育ちにくくなります)。
そして、
生活保障がなければ、没頭することができなくなります。
実情を申しますと、生活を維持できる水準ではなく、つまりは何らかの「副業」を持たざるを得ない経済環境にあります。少なくとも「私は」です。残念ながら、その副業に従事している間は私の政治活動でない時間となります。
私が町議会議員を志して以来、無論、今もそうですが、本当に多くの方が私の生活を心配なさってくれます(笑)。いえ、笑えない現実です。
有権者には、「報酬を下げます」というセリフは耳ざわりがよく、税金の還元のように錯覚するかもしれません。
しかし、政治家は、特別職は、「職業」です。ある成果(みなさまのよりよい暮らし)のためにその労働力を提供しているわけです。つまり、「もらった分働く」=「地域のみなさまに幸せになっていただく。(←極端かもしれません)」わけです。
「報酬を下げます」と、「働きません」が同義に聞こえてきませんか?
「報酬は下げるが、働きます」
という反論が聞こえてきそうですが、果たしてそれに具体的根拠があり、そして説得力はありますか?
私は、反論します。
「なぜ、働くのに下げるのか」
続けて、
「下げても働くならば、タダで働けるか?」
答えが「NO」ならば、先述の反論には説得力はないでしょうし、「YES」ならば、むしろその「働き」に対して胡散臭さを感じたりしませんか?
「僕に投票してくれたら、もらった分の少しを返してあげる」
というのは、公職選挙においての公約になりうるのでしょうか。
水川あつしは、みなさまに納得していただける「報酬に見合った仕事」を続けて参ります。
PS:
むしろ、「もっとあげたい」と言っていただけるような政治家を目指したいですね。
今回は、少し「重たい」話題で恐縮です。
次回は、少し軽めのものを用意しておきます(笑)。
先週は、各委員会が開催され、金曜日には、我が総務委員会が開かれました。今週はいよいよ最終日です。あっという間の会期だったような気がします。
委員会では、本会議で付託された議案について審議するのですが、本会議のミニチュア版のような流れでした。より詳細の議案説明があり、それについての質疑、討論、採決といった流れです。特に問題となる議題もなく終了しました。
さて、委員会が終わってからの雑談の中で、報酬についての話題になりました。
今回の一般質問で、ある議員が報酬について(報酬審議会について)質問され、そのやり取りの中で明確になったのですが、議員などの特別職の報酬は「生活給」ではなく「役務のついての対償」の考え方なのだそうです。
高いか安いかは、みなさまのご判断にお任せいたしますが、東郷町の議員報酬は、月額281,000円です。ここから議員共済掛金44,800円と議員互助費2,000円、税金をひかれたものが私の「手取り」となります。ちなみに、この「手取り」から国民年金28,200円(妻の分含む)、健康保険料約30,000円がさらに「必要経費」としてなくなります。
5月18日に、議員としての「初任給」を頂戴しました。実際の議会活動としては、5月2日の臨時議会だけなので、丸々頂戴するのに多少の心苦しさを感じながらも、とはいえ「生活」していかなければならないので、ありがたく頂戴しました。逆にその分の仕事をきっちりしなければならないことを再認識しつつ、日々の生活をさせていただいております。
さて、最近、選挙になると「私の報酬を●●%カットします。」といった「公約」を掲げる政治家が目立ちます。
私は(私の思うところ)、政治家が選挙の際に「報酬を下げます」といった類の公約を掲げるのには、強い疑問を持っております。なぜなら、「誰でも言える」からです。
笑えない笑い話です。
ある行政首長候補者Aさんが「報酬20%カットをお約束します。」と言いました。それをを聞き、別の候補者Bさんが、「私は45%カットします」。それを受けて、新たな候補Cさんが「私は無報酬で働きます」。
こんな選挙戦、みなさんは正常だと思いますか?
報酬カットは選挙公約になじまないことがご理解いただけるかと思います。
例えば、
「本自治体の職員全体の給与(人件費等)を年度予算の※※%以内にする。」
というお約束は、政策提言です。
また、
「本自治体の特別職全体の報酬は全国水準より高いので、水準なみに見直したい」
という考え方もあるでしょう。
私は、議員の仕事に限らず、報酬は自身の働きに見合ったものをいただきたいと考えます。さらに突っ込んだお話をしますと、「生活給」に見合う報酬があれば、政治家としてもっと良い仕事をさせていただけると思います。
(決して「下さい」と言っているわけではありませんので誤解なさらぬようお願いいたします(笑)。)
無報酬は、職責の担保がなくなります。
適正報酬でなければ志を持つ人材がいなくなります(育ちにくくなります)。
そして、
生活保障がなければ、没頭することができなくなります。
実情を申しますと、生活を維持できる水準ではなく、つまりは何らかの「副業」を持たざるを得ない経済環境にあります。少なくとも「私は」です。残念ながら、その副業に従事している間は私の政治活動でない時間となります。
私が町議会議員を志して以来、無論、今もそうですが、本当に多くの方が私の生活を心配なさってくれます(笑)。いえ、笑えない現実です。
有権者には、「報酬を下げます」というセリフは耳ざわりがよく、税金の還元のように錯覚するかもしれません。
しかし、政治家は、特別職は、「職業」です。ある成果(みなさまのよりよい暮らし)のためにその労働力を提供しているわけです。つまり、「もらった分働く」=「地域のみなさまに幸せになっていただく。(←極端かもしれません)」わけです。
「報酬を下げます」と、「働きません」が同義に聞こえてきませんか?
「報酬は下げるが、働きます」
という反論が聞こえてきそうですが、果たしてそれに具体的根拠があり、そして説得力はありますか?
私は、反論します。
「なぜ、働くのに下げるのか」
続けて、
「下げても働くならば、タダで働けるか?」
答えが「NO」ならば、先述の反論には説得力はないでしょうし、「YES」ならば、むしろその「働き」に対して胡散臭さを感じたりしませんか?
「僕に投票してくれたら、もらった分の少しを返してあげる」
というのは、公職選挙においての公約になりうるのでしょうか。
水川あつしは、みなさまに納得していただける「報酬に見合った仕事」を続けて参ります。
PS:
むしろ、「もっとあげたい」と言っていただけるような政治家を目指したいですね。
今回は、少し「重たい」話題で恐縮です。
次回は、少し軽めのものを用意しておきます(笑)。
選挙公報
こんにちは。凄く元気な39歳 水川あつしです。
選挙が終わったら、すぐに後援会の会報を発行しようと思っていたのですが、結局、今週はじめにようやく配布を終えました。諸々のご報告が遅れまして申し訳ございませんでした。今後は、当ブログでも、情報発信いたしますので、ぜひ毎日ご覧ください(というと私自身のプレッシャーになりますが・・(笑))。
さて、近しい会員さんから
「今回の選挙は選挙公報があったから各候補が比較しやすかった」
というご意見をいただきました。
また、
「もっと、具体的に書けばいいのに。なんだかみんな同じ内容に見える。」
というご意見もありました。
来月には参議院議員選挙もあり、今年は選挙当たり年なのですが、最近、選挙のたびに「マニュフェスト」という言葉が飛び交います。
ところで、政党や行政首長の発信する「公約」や「マニュフェスト」と、我々地方議員(立候補者)が選挙公報で述べる「政治理念」や「方向性」は、少し性質が異なります。
一般的にマニュフェストとは、
・実現可能な具体的政策を
・どのように予算確保をはかり
・いつまでに実現するのか?
が表明されているものです。
つまり、実施権限を持つもの、たとえば、政権を担う政党や、行政首長が発信しえるものであるわけです。
議員は、もちろん政治家としての理念や目指すべき方向性はありますが、先述のとおり、実現が担保されているわけではありません。
あくまで、議案を審議・検討し、自身の理念に基づき意見を述べて、その議案に対し、賛否を表明するに留まります。もちろん議員提案もできますが、行政首長と比較して、制約は少なくありません。
したがって、選挙公報は「・・・・を目指す」やら「・・・を推進する」といった書き方になってしまうわけです。
具体的な例をお示ししますと、
私の場合、
・NPO支援の推進
という表現をしましたが、首長選挙であるならば
・現在町内で活動しているNPOは(仮に)50団体あるが、補助金の交付により19年度中に3割増加させる。
といった内容に変わるわけです。
(あくまで例示です。)
議員選挙に際しては、具体的な表現ができない(しにくい)理由がご理解いただけたかと思います。
逆に、マニュフェストとは、有権者との「約束」であり、それに対しては一切の抗弁はできないものであるわけです。
なぜなら、当該候補者が「やります」といったものに対して有権者は投票しているわけですから。
今後、首長選挙等は、ますます「マニュフェスト選挙」が定着してくると思われますが、ぜひ、一定期間ごとに施策の実施状況と、候補者が掲げた「マニュフェスト」を見比べてみてはいかがでしょうか。
かくいう私も、選挙公報や入会パンフを常に目の前に置き、理念・指針が揺らぐことなく政治活動・議員活動を行えているかしっかりと意識しなければならないと思っております。
お気づきの点がありましたら、ぜひご指摘くださいませ。
みなさまと共に考えてまいります。
PS:
行動(施策の実行)とマニュフェストを見比べてみると、縷々理由を並べ立てて、堂々と「できない」と宣言している政治家も少なくありません。
できない可能性や理由を、マニュフェスト作成(つまりは「契約書作成」)の段階で研究しなかったのだろうかと疑問を感じます。
そんなこと言われないように、私も頑張らなければ・・・。
いよいよ明日から一般質問がはじまります。
(私は8日(金)5番目です)
選挙が終わったら、すぐに後援会の会報を発行しようと思っていたのですが、結局、今週はじめにようやく配布を終えました。諸々のご報告が遅れまして申し訳ございませんでした。今後は、当ブログでも、情報発信いたしますので、ぜひ毎日ご覧ください(というと私自身のプレッシャーになりますが・・(笑))。
さて、近しい会員さんから
「今回の選挙は選挙公報があったから各候補が比較しやすかった」
というご意見をいただきました。
また、
「もっと、具体的に書けばいいのに。なんだかみんな同じ内容に見える。」
というご意見もありました。
来月には参議院議員選挙もあり、今年は選挙当たり年なのですが、最近、選挙のたびに「マニュフェスト」という言葉が飛び交います。
ところで、政党や行政首長の発信する「公約」や「マニュフェスト」と、我々地方議員(立候補者)が選挙公報で述べる「政治理念」や「方向性」は、少し性質が異なります。
一般的にマニュフェストとは、
・実現可能な具体的政策を
・どのように予算確保をはかり
・いつまでに実現するのか?
が表明されているものです。
つまり、実施権限を持つもの、たとえば、政権を担う政党や、行政首長が発信しえるものであるわけです。
議員は、もちろん政治家としての理念や目指すべき方向性はありますが、先述のとおり、実現が担保されているわけではありません。
あくまで、議案を審議・検討し、自身の理念に基づき意見を述べて、その議案に対し、賛否を表明するに留まります。もちろん議員提案もできますが、行政首長と比較して、制約は少なくありません。
したがって、選挙公報は「・・・・を目指す」やら「・・・を推進する」といった書き方になってしまうわけです。
具体的な例をお示ししますと、
私の場合、
・NPO支援の推進
という表現をしましたが、首長選挙であるならば
・現在町内で活動しているNPOは(仮に)50団体あるが、補助金の交付により19年度中に3割増加させる。
といった内容に変わるわけです。
(あくまで例示です。)
議員選挙に際しては、具体的な表現ができない(しにくい)理由がご理解いただけたかと思います。
逆に、マニュフェストとは、有権者との「約束」であり、それに対しては一切の抗弁はできないものであるわけです。
なぜなら、当該候補者が「やります」といったものに対して有権者は投票しているわけですから。
今後、首長選挙等は、ますます「マニュフェスト選挙」が定着してくると思われますが、ぜひ、一定期間ごとに施策の実施状況と、候補者が掲げた「マニュフェスト」を見比べてみてはいかがでしょうか。
かくいう私も、選挙公報や入会パンフを常に目の前に置き、理念・指針が揺らぐことなく政治活動・議員活動を行えているかしっかりと意識しなければならないと思っております。
お気づきの点がありましたら、ぜひご指摘くださいませ。
みなさまと共に考えてまいります。
PS:
行動(施策の実行)とマニュフェストを見比べてみると、縷々理由を並べ立てて、堂々と「できない」と宣言している政治家も少なくありません。
できない可能性や理由を、マニュフェスト作成(つまりは「契約書作成」)の段階で研究しなかったのだろうかと疑問を感じます。
そんなこと言われないように、私も頑張らなければ・・・。
いよいよ明日から一般質問がはじまります。
(私は8日(金)5番目です)



